ポール・ジルソンのサクソフォン協奏曲集
先月、初めて管楽器専門誌「パイパーズ」を購入しました。(4/20発売の5月号だけども)
お目当ての記事は
「史上初のサクソフォン協奏曲 幻のオリジナルスコアを発見!」
タイトルの「史上初のサクソフォン協奏曲」というのは、ベルギーの作曲家ポール・ジルソンの「サクソフォン協奏曲第1番」のこと。
ポール・ジルソンの名前は当ブログでも「ベルギー吹奏楽の父」として2回ほど登場しています。
【CDレビュー】Made in Belgium
PORTRAIT OF THE SYNTHETISTS
彼のサクソフォン協奏曲のオリジナルスコアが、作曲から116年経ってようやく発見された、という内容。
(実際は2013年に初演を行っているので110年くらいだと思いますが)
ジルソンのサクソフォン協奏曲第1番は、1902年にエリザ・ホールに献呈された作品。
エリザ・ホールといえば、同時期にドビュッシーに「サクソフォンと管弦楽のためのラプソディ」を書いてもらったアマチュアのサックス奏者です。ジルソンから作品を受け取ったはいいものの、「ちょっと私には難しすぎる…」と思ったのか、エリザは結局1度もジルソンの協奏曲を演奏しなかったのだとか。
その後、オリジナルの管弦楽伴奏による演奏の機会は得られず、彼の死後、自筆譜はベルギー国外で行方知れずに…。ベルギーにはピアノ伴奏の自筆譜と、ベルギー・ギィデ吹奏楽団のために作られたと思われる吹奏楽伴奏版が残るのみとなっていました(吹奏楽版は既に何度か演奏・録音されています)。
その自筆譜が数年前に発見され、晴れて管弦楽版の演奏がよみがえったということ。
余談ですが、記事内で「自筆譜の発見者」とされているリュック・フェルトメン氏(実際は彼自身がコレクションか何かを漁って見つけたというわけではないようですが)はベルギーのブラスバンド”Brass Band Buizingen”の元指揮者、現在は”Brassband Gent”の指揮者を務めている方でもあります。他にはジルソンの伝記を執筆していたり、ピーター・グレイアムのブラスバンド作品をファンファーレバンドにアレンジしていたり、色々なことをやってるすごい方です。
(ここぞとばかりに自分の好きな曲の動画を入れていくスタイル)
さて前置きが長くなりましたが、この記事の筆者のクルト・ベルテルス氏(Kurt Bertels)はベルギーのサクソフォン奏者で、19世紀後半のブリュッセルにおけるサクソフォン教育・演奏の実態の調査も行っているサクソフォン黎明期研究者。
彼が「第1番」を含む「ポール・ジルソン:サクソフォン協奏曲集」のアルバムをリリースしました。
アルバムの収録作品は
「アルトサクソフォン協奏曲第1番」
「アルトサクソフォン協奏曲第2番」
「テナーサクソフォンとオーケストラのための『レチタティーヴォとセレナード』」。
「アルトサクソフォン協奏曲第1番」は本アルバムがオリジナル(管弦楽伴奏)版世界初録音!
I. Allegro deciso con fuoco
II.Andante ritenuto
III.Scherzo – Finale
の3楽章構成、全曲で17分程度。
ジルソンはどロマン派の作曲家なだけあって、非常にトラディショナルな協奏曲のスタイル(何ならもう古典派のように明快)。陽気な第1楽章、2番目の甘くとろけるような緩徐楽章、力強く堂々とした第3楽章。
じつは今回の録音と演奏会の開催にあたってベルテルス氏のインタビュー動画が公開されているのですが、
ポール・ジルソン、サクソフォンの音のことを「不快な音(unpleasant sound)」と表現していることにびっくり。
「鼻が詰まったような音、冷たい音色」と…ええ、めっちゃディスるじゃん…
そんなこと言いながら、第1番の完成からほとんど間を置かずに書かれた「アルトサクソフォン協奏曲第2番」。
I. Intrada (lento maestoso)
II. Finale (Tempo di minuetto e scherzando)
の2楽章、13分程度。
第1番と打って変わって、第1楽章は重くしっとり。第2楽章はまるで宮廷音楽かのように優雅な伴奏の中、ソリストが技巧を余すことなく披露します。
最後に収録されている「テナーサクソフォンとオーケストラのための『レチタティーヴォとセレナード』」は1楽章で9分半。
レチタティーヴォ(オペラなどでの話すような歌い方のこと)とセレナード(恋人の窓下で歌う歌)というだけあって、ロマンチックな歌曲を聴いているかのような協奏曲。
いずれの作品も、同時期に書かれたドビュッシーのラプソディや、ジルソンと同い年のグラズノフが作曲したサクソフォン協奏曲と比べても、非常に明快で古典的。1900年代初頭にはまだまだ新しい楽器だったはずのサックスが、まるでそのずっと前から使われていたかのように、伝統的な協奏曲のスタイルになじんでいるように聞こえます。
徹底的にクラシカルで、それがかえって新しい、ジルソンのサクソフォン協奏曲。是非1度、と言わず2度、…たくさん…聴いてほしいです。
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Etcetera records(CD購入、海外サイト)
国内のショップではまだCDは入手できないっぽいです…(2020年6月21日現在)